旧北陸道   倶利伽藍峠  金沢城石川門


走行日 2004年05月05日 曇り・晴れ (2006年02月25日 ラレー・クラブスペシャル)
      (倶利伽藍峠〜津幡町竹橋の画像は2003年04月06日を使用しました。)
車種   GIANT MTB 

画像は基本的に倶利伽藍峠から西に向かっての方向で写しています。
当時のルートに沿って走行しているとは思うのですが、間違っている場合もあるかも…
でっ、道路が無い場合は迂回したりしています。
 

倶利伽藍峠から金沢へ向けて。  (地図)
 

倶利伽藍不動尊から道なりに進む。

津幡町山森から旧北陸道に入る。  (地図)
 

町道を横切り、画像奥の前坂へと進む。  (地図)
 

前坂からの下りは階段です…
距離も短いので押しませう。

平野部にたどり着くと、お地蔵様が出迎えてくれる。
少し進むと倶利伽羅源平の郷竹橋口です。 (地図)
 

道なりに進むと、R8に行き着きます。 (地図)
画像奥の北陸線下をくぐって下さい。
 

街道は運動公園施設内を横切ります。

運動公園を過ぎると下りになります。
土手上に猪塚があります。 (地図)
 

下りきって止まれを右折です。 (地図)

四ツ角交差点で左折します。 (地図)
ここを直進すると旧能登街道(内浦街道)です。
この交差点には道標があります。
残念ながら復元物ですが、、、
(画像は2005年06月25日)

津幡川に架かる「おやどばし」を渡ります。 (地図)
銘板には、「江戸にゆききのおやどばし」と刻んである。
 

津幡町商店街を過ぎ、街道は寂しい いい雰囲気になってくる。
でも、少ししたら住宅街にかわりそうな所が多そう…
 道は緩〜くクネクネしており、ほのぼのしている。
画像は津幡町太田にある祠です。
富山と違い、街道沿いの祠の数も少ない。

R8・環状線?をくぐると、昔ながらの風景がある。
オラが小学時代からあまり変わっていない。 (地図)
変わったのは石碑や若い松が植えられたくらいかな?
 

街道からR159は高架橋になってるんやね。
しかし、どえりゃぁ〜変わったがね。 (地図)
 

高架橋横に道路元票があった。
旧森本村役場南森本町ルー48番地先と書いてある。
なんだろ。ルー???
 

旧R8であるR159を進む。
相変わらず自転車には走りにくい道である。
百坂から左に道が延びている。 (地図)
  

R159と何回か行き来すると、
旧北国街道の標柱が目に留まる。 (地図)
アスファルトの色違いの所が当時の道路幅なんでしょうかね?
 

少し進むと←と同じ標柱があり、解説板もある。
(画像クリックで正面からの画像)
隣には、往還松@レプリカwith解説板がある。
 

街道は浅野川を渡ります。 (地図)
左岸の橋詰には火の見櫓が建っています。
 

橋場の交差点を右折します。 (地図)
交差点角には、「枯木橋」「高札場」が在ったという。
そうそう、道路元標もここにあります。
 

ちょい進み、博労町交差点右折です。
(地図)
 

右折すると、直ぐに左折です。
(地図)
 

彦三南口交差点で左折です。 (地図)
この区間は袋状になっているので
旧町名は袋町だったとか。
 

あとは直進です。
近鉄バスのマナーの悪さは相も変わらずやね。
┓(´_`)┏
 

香林坊交差点です。 (地図)
これにて倶利伽藍峠〜金沢間お終いです。

 

思いつきではじめた旧北陸道探索。
 何だかんだで、はまってしまいました。w
 調べが不十分なままスタートしたのですが、走って分かる事が実に多いですね。
本当に奥が深いです。

 走っていて、当時の面影が残っている場所とか、
なぜこんな所を開発せねば?と思える場所とか……
まぁ、「これも歴史の一部!」と割り切ればそれまでなのですが悲しい場所もありました。
 県内と県外一部区間だけをトレースさせてもらった旧北陸道ですが、
自分にはテーマが大きすぎたみたい………

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